病める罪人の夢

 

やはり硬派など、短い青春という間の気の迷いでしかない。

今はただ花も無く、弦を絡ませているだけの、薔薇の木の下。
癖のある麗容に、憂いを帯びた色をのせて、光伸は溜め息を吐いた。

要が忽然と姿を消してから、半年以上が経った。
始めのうちは、いつか連絡が来るのではないかと密かな期待も抱いていたが、ひと月ふた月と過ぎるうちに望みも消え去り、愛慕はいつしか怒りにすり替わった。

自尊心の塊であった光伸は、自分に男を教え、他人の前に全てを投げ出す喜びを教えた人間が、こうもあっさりと自分を捨てた事に酷く打ちのめされていた。
夜遊びを止めぬのも、表面的に保たれた最後のプライドでしかない。
要の代わりの人間など、いくらでも居る。少しばかり美人で気の強い男など、捜せばすぐに。
そう思えばこそ足取りも軽く夜の街へ繰り出す事もできるのに、一向にそちらの収獲の成果は上がらなかった。
元々、顔さえ良ければそれで良かったのだ。性格などどうでも良く、只後腐れの無い人間の方が良いというだけで。
なのに比べてしまう。相手を支配しても尚、満たされない。
あの時感じていた、いくら求めても全て手に入らないという飢餓感。我慢を重ねたその果てに、与えられる許し。只身体を重ねる一瞬、その時だけは彼を独占しているのが自分だという、深い酩酊に酔いしれた、あの官能の日々。
思い出すだに腹立たしく。恋しかった。

夢を、見ていたのだ。そう思った方が、ましだった。
どうせ硬派など、学校という狭い空間の中でのみ息づく幻想でしかないのだ。
此処にいる連中だって、いずれ社会に出て外の世界に触れれば、雄同士などという何も生み出さぬ関係に見切りを付けて、何処かで家庭を持つに決まっている。
華族に生まれた光伸にとって、然るべき相手と結婚し、子を生すことは義務も同然だった。
その事を面倒だと思いはしても、本気で好いた相手との結婚など夢物語のようで、果たして現れるかどうかも分からない運命の相手を待つよりかは、見合いの相手との政略的結婚の方がまだ身近な現実であった。
生きるというのは、惰性でも何とかなる。

「只傍に居るだけで。何一つ、未来すら要らない、と、そう思わせてくれたのは君だけだったよ。要。」

三月の陽気に、ぽつぽつと新芽を付けている薔薇に向かって一人呟いた。
薔薇の木も第二倉庫も、今や光伸にとって夢と現実の狭間のような場所だ。
なまじ、生々しい思い出ばかり残る場所だけに、まだ、そこで待っていれば要がひょっこりと姿を現すような気がしてならなくなる。

やはり何度考えても、要が戻って来ないなど、余りにも現実味が持てなくて。
憎んでも憎みきれず。逃げても逃げきれず。忘れようとしても、忘れられる訳がなかった。

青春の間の、数ヶ月の気の迷いが生んだのが、自分の心を一生を蝕む病であろう事を、光伸は漠然と感じていた。

 

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