罪深き楽園

 

 

夏の終わりに、幹彦と要は忽然と姿を消した。

抱月は、彼らの勤めていた学校の四人の学生から話を聞いたけれど、要と親しくしていたにも関わらず誰も詳しい事情を知らず、やはり二人が誰にも何も教えずに失踪したという事が分かったというだけであった。
だが、四人―――光伸、憲実、あずさ、真弓にも疑わしき点はある。
『花喰ヒ鳥のことを知らないかい』
只それだけの問いに、あからさまに顔色を変える者、沈黙する者、知らないと突っぱねる者、逆に問い詰めてくる者。
反応は様々だが、怪しい事この上ない。

花喰ヒ鳥。
それが、後ろめたい記憶を呼び覚ますスイッチである事を、彼らの暗い瞳は雄弁に物語っていた。
抱月自身がその虜囚である事は、まだ教える気にはなれなかったが、自分と同じ病を患った少年たちに、深い同情の念を覚えた。

真弓とあずさは、要の不在に特に酷く憔悴していた。
不安そうにいつも要の姿を探し、容易に他人を寄せ付けない。まるで庇護者を失い、途方に暮れた仔猫のように、その姿は痛ましくさえある。
―――以前はこんな人ではなかったように思うのだが。

いっそ駆け落ちならば良かったのだ。一言そう、書き置いてくれでもしたら。嘘だとしても。
いなくなったと気付いた時には、もう遅過ぎた。

幹彦と要の行方を探すつもりだと話すと、彼らは手がかりが見つかれば協力すると約束してくれた。
だが、恐らく大して期待はできないだろうと頭の片隅で思った。
要が自らの意思で、こうも無責任な失踪という道を選ぶとは思えない。
真面目で仕事熱心だったと、何人かから訊いた。それは自分の記憶の中の青年ともぴたりと重なる言葉だ。
どちらかと言えばこれは、この手口には覚えがある。
何にも執着せず、自分にも他人にも興味を持たず、自分の生きていた痕跡など、塵一つ残さずに消去する事に、何の躊躇いも持たない。
そんな人間には一人、心当たりがある。

人々の頭から、その存在の記憶さえ消していってくれれば良かったのにと思う。
人の心に、思い出に、何度でも消せない傷だけを残して、逃げるくらいならば。

 

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