「木下です」
コンコン、とノックすると、程なくして部屋の主から返事があった。
「・・・・どうぞ」
「失礼します」
「真弓っ!?」
・・・・・なんであずさが此処に。
顔を見た途端に些か気分が萎える。
あずさの家から独立を決めた今、最早何も恐くない相手だけれど、あずさはそんな真弓の変化など露知らず、今まで通り暴君宜しく命令してくるから、最近ずっと無視していたのだ。
しかし、どうも様子がおかしい。
椅子に座った要に後ろから抱き締められるように、床に座り込んでいるのだが、何しろ服を着ていない。
「駄目でしょう、猫が人間の言葉なんて喋ったら」
「要さん?」
優しく言い聞かせるような声だけれど、要は眼を尖らせてあずさの柔らかい頬をぐいっと抓っている。
「あうっ」
「まだ言いますか」
今度は更に力を込めて、人差し指と親指の爪を立てて抓り上げる。
「あ、にゃあん!にゃああぁ、にゃっ!!」
「良い子ですね。ほら、真弓さん、あずささんたらすっかり可愛くなったでしょう?」
頭を撫でながら、あずさの顔をこちらに向ける。されるがままになっているあずさは、何故だか気持ちが良さそうだった。
「あずさはとは仲が悪いのだと思ってました。貴方の事、散々酷く言ってたし」
「でも、反省しましたものね?」
さっき抓ったところは今度は優しく手の平で撫でながら、要はあずさに問いかける。
こくこく、と首を縦に振ってにゃあんと一声すると、あずさはその手に頬をすりすりと擦り付けた。
それは僕にとって随分驚愕の光景だった。
あの、潔癖で、暴君で、俺様で、癇癪持ちのあずさが・・・・。
裸に剥かれて無体に扱われても大人しくしている事も、他人の命令を甘受して悦んでいる事も、ちょっと俄かには信じられない。
「一体あずさに何をしたんですか・・・要さん・・・」
「色々あったんですよ。それでもう僕と先生に悪い事しないなら許してあげるし、良い子にしていたら可愛がってあげるって約束したんです。」
「ふぅん」
それにしても、面白くない。
だって、どんな形にしたって、目の前であずさが要に可愛がられているのだ。
馬鹿らしい姿を羨ましいとは思わないけれど、要があずさに関心を向けているのは面白くない。
すると、ふと気付いたように要がこちらを向いて微笑んだ。
「あずささん、真弓さんのこと虐めたら駄目ですよ?命令するのも駄目、真弓さんはもう、あずささんのものじゃありませんから」
きょとんとして、梓は何故?と言うように首を傾げている。不満気なのは、見ていて分かる
「僕の言う事が聞けない?僕の真弓さんに酷くしたら、あずささんのこの尻尾、切り落としちゃおうかなあ」
横からにゅっと伸びた足に、股間を爪先で撫でられて、あずさは一瞬で蒼白になる。
だけど要は構わずに笑いながら弄び続ける。
「大丈夫ですよ、ちゃあんと月村先生に頼んで、切っても死なないように、上手にしてもらいますから。」
丁度というか何というか、おあつらえ向きにその時月村先生は愛用のアンティークナイフを磨いていた。
キュッと柔らかな皮布で擦っては、日の光に反射してキラリと煌めくのを、眼を細めて眺めている。
楽しそうに刃物の手入れする月村先生・・・・・・・・・・・・不気味だ。
ね?と可愛らしく微笑む要の姿と、言っている内容の恐ろしさに言葉も無いあずさの顔がくしゃっと崩れ、その大きな両目から涙がぽろぽろと溢れ出す。
「・・ふぇっ・・ぅっえっ・・・」
それでも、裸足の親指と人差し指で挟みながら持ち上げたり、先を足裏でぐりぐりと捏ねたり遊びながら、要はあずさの肩を包み込むように、逃がさないようにぎゅっと抱き締めて、とどめに耳の穴に注ぎ込むように囁く。
「仲良く、できますよね?」
「するっ!」
堰を切ったようにわあっと盛大に泣き出して膝に縋りつくあずさを見ても、要はのんびりと「可愛い」などと言いながら、よしよしをしている。
・・・・・素敵だ。
きっときっと、人としてはあまり正しく無いのだと思うけれど、僕は将来要さんのような人になりたいと、密かに思っている。
憧れに熱くなった想いの丈を隠すように、両の手の平をぎゅっと胸に押し当てる。
それは恋情にも似た、甘い疼きだった。
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