三角 其の弐 |
他人の手を借りてまで、それも、これは後に知った事だがかつての想い人である月村先生の前で手酷く犯したというのに、抱月はまるでそんな事は無かったかのように、依然として要の前に現れる。 「何だかなあ・・・」 「水川先生がちょっと羨ましくなったんですよ。貴方を見ていると、自分が酷い事をしたという意識が薄れて困ります。」 そうだ、水川先生は、月村先生と昔接吻をなさったと言っていた・・・。 「しおらしくおっしゃる割には結構楽しんでいたようにお見受けしましたが?」 それは本当の事だった。 「やだな、そんなつもりは無いんだけど、気を悪くしたかい?」 「・・・さらりと酷い事を言うね。要君の虜だったら、僕は喜んでなるけどな」 だからどうしてこの人は、僕と月村先生ともう一人によって三人がかりで犯されたというのに、こんなに飄々としているのだろう。
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何だか無邪気な顔をして、好き者好き者と繰り返しているが、それはわざとなんだろうか要君。 「さっきも言ったけど、僕は色々傷ついたんだ。君が幹彦といちゃつきながら傍観者よろしくしている間にね。昔の傷まで抉っておいて、責任感じない?慰めては・・・くれないのかい?」 「・・・・・恨みがましく言いますけどね、大体貴方が首を突っ込んできたのがいけないんだ。貴方に会った事を月村先生に秘密にしておいた事も、何だか先生を酷く怒らせてしまったし。僕があの時どれだけ恐ろしかったかわかります?おあいこですよ」 しかし和やかだと思っていた初夏の黄昏が、こうも唐突に兇悪さを孕んだ闇を連れてくるというのは、油断してしまう分だけ性質が悪い。 「要君のケチ」 とうとう固まって黙り込んでしまった彼を見て、少し虐め過ぎたかもしれないと心配になったのも束の間。 「嫉妬?僕が、恥じらいの欠片も無い三十路男に?冗談も休み休みに言って下さいませんか?」 一語一語、ゆっくり、はっきり、噛んで含ませるように言い切って、彼は仕上げに笑ってみせた。 「・・・君って本当に可愛がりがいのある性格をしてるねえ。いいよ、もう遠慮しない。さっさと訂正しないと・・・後悔する事になるよ」 毒を喰らわば皿までも。とは、よく言ったものだ。
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教授室の窓から、連れ立って林の中へ消えていくレイフと要を見送る。 更なる修羅場が期待されていることを、二人は知る由も無い。
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