共 犯 者

 

 

「あっ、あぁッ―――――」

びくびくと身体を震わせた後、倒れこむようにぐったりとしなだれかかってきた要を受け止める。
満足気に眼を閉じて口付けを求めてきた彼の頬を、ぴたぴたと軽く叩いた。
「俺はまだ満足していないんだが」
腰を掴んで軽く揺すってやると、硬いものを咥えている事を思い出して、喜ぶように肉が震えた。
「・・あぁ、すみません」
掠れた声に苦笑が滲む。
唇を濡らす赤い舌は、見るからに甘く毒を孕んでいた。

 




―――数時間前
幹彦の教授室に自分を呼び出したのは、珍しく要の方だった。
要の定位置となっている第二倉庫の壁際に、置手紙があったのだ。
どうしてわざわざ、と疑問に思わなくもなかった。
だが忙しいのだろうと解釈した自分は、お人好しにも程があったようだ。

部屋に入るなり、要は首に噛り付いて来た。
「最近誘ってはくれないのですね」
「もう僕に興味は無いのですか」と不安そうに言う彼に、以前ならば騙されたのかもしれない。
実際少し面食らって、どうやって慰めようかと思案したくらいだ。
「あー、その、メートヒェン?」
コホンと咳払いをして、両手で頬を包み、軽く上を向かせる。
―――息を呑んだ。

鬱陶しい髪の奥で、生娘のような態度に不釣合いなくらい、瞳は挑発的にきらきらと燃えていた。
間抜けた事だが、その時になってようやく俺は、窓際でこちらを見ている月村教授の存在に気が付いたのだ。

 

最初から濃厚な口付けを仕掛けてきた要の肩を掴んで身を剥がす。
言外にそんな気分ではないと伝えたつもりだった。
だが相手の方が上手で全く意に介されず、何もしなくて良いからとビロオドの椅子に押し付けられ、笑いながら上に乗られた。
俺の事を、快楽を得る為の道具程度にしか見ていないような態度。
それでも身体は健気なもので、いやらしく蠢く舌と唇にねっとりと愛撫を施されれば馬鹿みたいに簡単に昂ぶった。
プライドだけで封じ込めていた、今すぐにでも手篭めにしたいと思っていた心を暴かれ、彼の目の前に晒された気がした。

「ねぇ、金子さんは、僕のことが好きですよね?」
意図に気付いてしまっては媚びるような声音さえ最早憎らしいが、それが彼の望みならば言ってやっても良い。
「愛しているよ」
甘い夢を観ているのだ。自分も、要も。
今が幸せならば、それで良いじゃないか。
この狂おしい胸の疼きさえ甘美なものだと思えた者の、勝ちなのだ。

 

薔薇

 


「―――ねぇ、どうして欲しいんですか?黙っていてもわかりませんよ」
要は跨ったまま腰を回すように前後に動かし、見せつけるように首筋に舌を這わせて柔い愛撫を再開する。
一度達したくせに、余裕のある事だ。
首を反らせて続きを誘うと、壁にもたれた月村教授が視界に入った。
情人に愛人との情事の空間を提供させられて涼しい顔をしているとは、見上げた悪食者だ。
要も当てつけの為の道具、言いなりになるだけの人形が欲しいのなら、他を当たった方が良かっただろうに。
それでも自分が選ばれたという事に少しだけ気を良くする。
伊達に場数を踏んでいる訳じゃない。
当て馬上等、噛ませ犬で本望。
何股かけたか、など人の事を言えた立場でもない。
他人の前で、同性同士の性向を演ずる、退廃、耽美、グロテスク。どうせなら極めてしまえば良い。
何もかもを投げ出したら、最後に残るのは純粋で単純な欲求だけだ。

「要が、本当はどうされたがっているのか当ててやろうか」
意地の悪い気持ちを込めて耳の穴に直接言葉を注ぎ込んでやると、不穏な響きに要の身体が逃げを打つ。
だが抵抗される前に彼の栗色の髪を束ねる組紐をほどき、両の手首をそれできつく縛る。
「ちょっ・・・何するつもり・・・・・」
腰に片足を絡み付ければ、抜けない楔が動きを封じる。
殊更見せ付けるようにゆっくりと自分のネクタイを抜いて、彼の両目を覆った。
「嫌だ・・・金子さん、取って。」
肩を捩って戒めを解こうとするが、もがけばもがく程に紐は食い込んでいく。そういう風に縛ったからだ。
「はっ。嫌じゃないだろう。あの時だって、あんなに喜んでいたじゃないか」
本気でうろたえ怯えている様子を鼻で笑ってやると、唇を噛み締めて必死に否定するように首を振る。
「言ってごらん。恥ずかしがらなくて良い。イイんだろう、これがっ・・・」
「やだ・・・、許し、て・・・んっ!あ、やっ・・・」
「ほら、そんなに良い声で鳴いたりして・・・興奮しているんだろう?」

 

がつんがつんと椅子の足が床を叩き、二人分の体重を受けて壊れそうな程の音を立てている。
突き上げては落とす。揺さぶって、奥を抉る。
要が震え、怯え、抗い、乱れる姿は実にそそるものだ。
なまじ支配者的な強気の表情を知っているだけに、新鮮な光景だった。
目隠しの布が濃い染み作っている。泣いているのだろう。
―――しかし、隠しようも無いとは可哀想な事だ。
要の興奮は目にも明らかだった。後ろ手に縛られ、目隠しをされた状態で彼は普段の何倍も敏感になった。
既にいやらしい白濁を何度か放っていたが、尚萎える事が無い。
果ての無いような快楽に、口を閉じる事もできずに鳴き続ける。髪を掴んで引き寄せ口内を蹂躙してやれば、混乱して溺れた人間が縋ってくるような必死さで舌を吸われた。
「んっ・・・」
そのまま奥に叩き付けるように埒をあけると、痙攣しながら要も押し出されるように何度も精を吐き出した。
しとどに汗と体液で濡れた身体は、今度こそぐったりと脱力したきり動かない。

頭の中に心臓ががあるかの如く、どくどくと血が流れる音が煩く耳に響く。
全力疾走した後のように呼吸器も苦しい、目を閉じていると余りの脱力感にこのまま眠ってしまいたい欲求に駆られた。

 

少しうとうととしていたのかもしれない。
心地良い疲れの中薄っすらと目を開ける。
月村教授が意識の無い要の肢体を抱き起こし、いつの間にか水で絞った手拭いで、汚れた身体を清めていた。

頬を上気させた要の白い首筋にそっと唇を押し当てて啄み、血のように赤い印を刻んでいく事も、別に盗み見るつもりはなかった。

思考力が戻りつつある中、もう一度目を瞑って今の光景を反芻する。
ふいに可笑しくなった。
要は知っているのだろうか、月村のこんな幼稚な悪戯を。
もしも今の痕を見た時に、一体誰が付けた所有印なのか気付く事はあるのだろうか。
何故月村が要に隠れてそんな事をするのかは分からないが、何にしても好都合。
例え気付かなくとも、自分は教えてやるつもりは無い。
誰のどんな思惑でこの状況が構築されようとも、要と交わっているのは自分なのだ。それが事実だ。

自然と唇の端が吊り上る。
最初に月村見た時、只単に表情の乏しい人間なのだと思った。
要を介してから見た彼には、耽美小説に出てくる殺人鬼のような、どこか非現実感があった。
今はどうだろう。要も知らない彼を見た今なら、何か弱みを握れはせぬか。

この男に勝つ必要は無い。負けなければ、それで良いのだ。
最後に笑っていられればそれで良い。
そうだ。嫉妬すら、虜囚であることすら、楽しまなければ金子光伸の名が廃る。
少し昂揚した頭で目を開くと、 要越しに月村の視線がこちらを向いた。
その瞬間、周りの音が、全て消えてしまったように静まった。
彼は自分と目を合わせたまま、要の白い肩に吸い付いて鬱血を残し、そしてうっとりと微笑した。
要にだけ向ける穏やかな笑みとも違う。
整った顔立ちに共犯者めいた含みの、艶やかな表情だった。

「んっ・・・」
小さく要が呻く。 世界に音が戻ってくる。
月村がそちらに気を向けた時、要ごと彼を引き寄せて唇を奪っていた。
何故そんな事をしたのかは、わからない。彼が抵抗しない理由も、理解できないが。
大人しくしている彼の歯列を舌でひととおり味わう。
口の中に広がる癖の強い苦味に眉を寄せ、唇を離した。

二人の間に挟まれていた要が俺の胸に手をつき、ゆっくりと身を起こす。
「・・・・何をしていたんですか?二人とも」
まだ完全に意識が覚めきらないのだろう、幼くあどけない表情で首を傾げる。
さっきまでの痴態を微塵も感じさせない、無垢な瞳。
少し、胸が痛んだ。

「いいや、何もしていないが」
「ふうん」
伸び上がって唇を合わせようとする要を、不自然にならない程度にかわして額に口付ける。
露骨に怪訝そうな顔をされたが、口中に常と違う煙草の香りが残る事に気付かれては台無しだ。

月村は目を細め、何も言わず、だがどこか楽しそうにそんな光景を眺めていた。

 

 

>>戻ル

 

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